東京地方裁判所 昭和50年(ワ)4871号 判決 1976年10月01日
原告 亀岡寛治 外三名
被告 有限会社久米建物 外一名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら(請求の趣旨)
1 被告有限会社久米建物は原告らに対し、別紙物件目録(二)記載の建物について東京法務局渋谷出張所昭和四六年一二月二四日受付第五六九八七号所有権保存登記の、同目録(三)記載の建物について同出張所同日受付第五六九九〇号所有権保存登記の各抹消登記手続をせよ。
2 被告有限会社久米建物は原告らに対し、別紙物件目録(二)及び(三)記載の各建物を引渡せ。
3 被告石井周治は原告らに対し、別紙物件目録(二)記載の建物から退去して、これを明渡せ。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言(2及び3につき)
二 被告ら(請求の趣旨に対する答弁)
主文と同旨
第二主張
一 原告ら(請求原因)
1 別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)は、被告有限会社久米建物(以下「被告会社」という。)が建築した通称「フラツトG」という共同住宅で、その中には区分所有権の対象となる三〇戸の建物が包含されている。
原告らは、いずれも被告会社から右区分建物各一戸を買い受け、これらを所有している。
2 別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件管理人室」という。)及び同(三)記載の建物(以下「本件車庫」という。)は、いずれも本件建物の一部である。
被告会社は、右各建物について請求の趣旨記載のとおり所有権保存登記を経由し、かつ、これらを占有している。また、被告石井は、本件管理人室に居住して、これを占有している。
3 本件管理人室は、本件建物の一階東北隅にあり、本件建物の出入口、玄関ホール、階段室に接している。本件管理人室内の南西部分の一部屋(以下「受付室」という。)は、本件建物の玄関ホールに面して、カウンター付の窓口があり、受付室内部から本件建物に出入りする者の応接・監視や、玄関ホール及びその周辺の状況を見渡せる構造になつている。さらに、受付室内にはエレベーターの非常電話器、本件建物全体の火災報知器、玄関ホール付近の電源スイツチ等の諸設備がある。なお、本件管理人室には、受付室のほか、和室二部屋、台所、浴室及び便所からなる居住部分がある。
右のような本件管理人室の位置、構造及び設備からすれば、本件管理人室は、全体として、本件建物の管理のために必要なものであり、建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という。)第三条第一項にいう「構造上区分所有者全員の共用に供されるべき建物の部分」にあたる。
本件建物の管理業務を遂行処理するためには、常時この業務に携わる専業的管理人が必要であり、したがつて、右のような管理人のための居住部分も必要であるが、仮に居住部分が存することにより、本件管理人室が構造上の共用部分として広すぎるとしても、右居住部分は、受付室の玄関ホールに面した扉を唯一の出入口としていて、受付室を通過しないでこれに出入りすることはできないから、右居住部分にはいわゆる利用上の独立性がなく、結局本件管理人室は全体として構造上の共用部分にあたる。
4 本件車庫は、一二台程度の自動車を収容できる広さで本件建物の一階南側及び西側にあり、本件建物の南側を東西に通じる公道に面している。本件車庫の東側は本件建物のコンクリート壁、南側は鉄製シヤツター、西側はブロツク壁、北側は一部鉄製シヤツター、一部一階事務室の壁でそれぞれ仕切られている。そして、本件車庫の壁には本件建物全体の配電盤設備が一ケ所取り付けられ、消火栓パイプが一本及び給排水パイプが五本走つている。
なお、本件建物内の各室は、駐車場付のマンシヨンとして売買されたものである。
したがつて、本件車庫もまた法第三条第一項にいう「構造上区分所有者全員の共用に供されるべき建物の部分」にあたる。
5 よつて、本件管理人室及び本件車庫は、いずれも区分所有者全員の共用に属するものであるから、原告らは、所有権に基づき、被告会社に対し右各建物につき請求の趣旨記載の各所有権保存登記の抹消登記手続及び引渡を、被告石井に対し本件管理人室からの退去明渡をそれぞれ求める。
二 被告ら(請求原因に対する答弁)
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 本件管理人室は、周囲を鉄筋コンクリート壁、窓及び扉に囲まれ、他の専有部分及び共用部分と明確に区画されて、構造上の独立性を有し、区分所有権の目的となるものである。
被告会社は、本件建物竣工前に本件建物と並列して「YUフラツト」、「フラツトA」、「Kフラツト」の三棟の建物を完成させ、本件建物建設後には「久米プラザ」という名称の建物(以上いずれも共同住宅)を建設した。被告会社は、本件建物を建設するに際し、合計五棟の建物を総合的に管理するとともに、現在の「久米プラザ」所在地上にあつた建物に居住していた被告石井の住居を本件建物内に確保するため、本件管理人室を設けたのであり、本件建物の管理のためだけに使用するのならば、本件管理人室のような広さ(四一・七五平方メートル)は必要でない。
受付室にエレベーターの非常電話、火災報知器及び玄関ホールの電灯スイツチがあることは認めるが、これらは、当初被告会社が本件建物の管理を行う予定であり、本件管理人室に居住することになつていた被告石井にその業務を行わせるため、その便宜を図つて、右三種の器具装置を設置したものにすぎない。また、受付室のカウンター窓は、被告石井が荷物を預る際にその都度扉を開閉する不便を避けるため設けられたものであり、本件建物に出入りする者を監視するためのものではない。
受付室にエレベーターの非常電話等の設備があるという理由だけで、本件管理人室の構造上の独立性が害されるわけではなく、右各設備を玄関ホールその他適当な場所に移設することも簡単である。
したがつて、本件管理人室は、法第三条第一項にあたらない。
3 本件車庫は、周囲を鉄筋コンクリート壁、コンクリート・ブロツク壁、シヤツターにより囲まれた構造上独立した建物であり、自動車は本件建物の他の部分を通過することなく公道に出ることができ、区分所有権の目的となりうるものである。
本件車庫内には三ケ所給排水パイプ及びガス・パイプが通つているが、これらは、二階から七階までの各階を通つているパイプの一部分が露出しているにすぎず、二階以上の部分と同様に、周囲をコンクリートで覆うことは容易である。
本件車庫内には、電気室側の壁面に配電盤がある。右配電盤は東京電力の所有物であり、本件建物の区分所有者が操作することはできないものであるし、当初はこれを玄関ホールの壁面に設置することが東京電力の意向であつたが、美観上の理由から車庫内に設置されたものである。これを本件車庫から別の場所に移設することも簡単な工事で可能である。
また、本件車庫内には消火栓の送水パイプの一部と安全弁(逆流止め)が露出している。消防活動に際しては、本件建物外側の水の取入口からホースを差し込み送水するだけで、車庫内の右部分を操作する必要はない。右送水パイプと安全弁の周囲をコンクリートで囲うか、床下に埋め込むことも可能である。
なお、本件建物内の各室は、駐車場付のマンシヨンとして売り出されたものではない。 したがつて、本件車庫もまた法第三条第一項にあたらない。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件管理人室について
成立に争いのない甲第二号証及び乙第一号証、原告ら主張のような写真であることに争いのない甲第九号証、証人柴立男の証言並びに弁論の全趣旨によれば(一部当事者間に争いのない事実を含む。)、本件管理人室は本件建物一階東北隅にあり、周囲を鉄筋コンクリート壁に囲まれた床面積四一・七五平方メートルの建物で、中には和室が二室(六畳、四畳半)とダイニング・キツチン(六畳相当)、浴室、洗面所及び便所があり、受付室(四畳半相当)はその西南隅で、同室から扉を経由して本件建物の玄関ホールに出入りできる構造となつていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
したがつて、本件管理人室は、一棟の建物の中で構造上区分された部分であることは明らかである。
そこで、これが、右のように構造上区分されていても、原告ら主張のように法第三条第一項にいう「構造上区分所有者の全員の共用に供されるべき建物の部分」(以下「構造上の共用部分」という。)といいうるか否かを検討する。
前出甲第九号証及び乙第一号証、証人柴立男の証言並びに原告亀岡寛治本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。
本件建物は、被告会社建築にかかる通称「フラツトG」という鉄筋コンクリート造陸屋根七階建の共同住宅で、一階には本件管理人室及び本件車庫のほか、専用部分として被告会社に使用されている事務室、共用部分として使用されている玄関ホール、廊下、電気室、便所、洗面所、ポンプ室、階段室、エレベーター及び物入があり、二階から七階までは各階に五戸ずつの区分建物合計三〇戸がある。
本件管理人室の受付室南側壁面は、幅約一・二メートルにわたり上半分がカウンター付のガラス窓となつて、本件建物に出入りする者に対する応接等に便利な構造になつており、同室には本件建物のエレベーターの非常電話器、本件建物全体の火災報知器及び一階共用部分の手元スイツチが設置されており、昭和四六年秋に本件建物が完成してから同四八年暮頃まで被告会社が被告石井を本件管理人室に居往させ、本件建物の管理の事務に従事させていた。
以上のように認められ、右認定に反する証拠はない。
本件管理人室が構造上の共用部分であるといいうるためには、同室が全体として、その構造及び機能からみて、区分所有者全員にとつて不可欠であるか、又は、不可欠とまではいえなくとも、共用とされるに適当であり、かつ、共用以外の用途に供されることが通常期待されえないものであることを要すると解されるところ、右認定の事実をもつてしては、未だこれにあたるものということはできない。
即ち、一般にある程度の戸数を備えた共同住宅においては、居住部分をも備えた管理人室があれば、建物の管理に便利であることは当然であるが、それが不可欠なものであるとまではいえない。少なくとも、本件における程度の戸数なら専属の管理人を置かない方法による管理形態も十分考えられるし、仮に専属の管理人を置く場合でも、本件管理人室を使用しない方法による管理形態もまた容易に考えられるところである。
原告亀岡寛治本人尋問の結果によれば、原告らと被告会社との間で管理料の問題が原因となつて紛争が生じ、被告会社による管理が行われなくなり、原告らの手によるいわゆる自主管理となつて以来、本件建物の玄関の扉は夜中でも開いたままで防犯上問題があるし、郵便物や百貨店の配送品も受取人である区分所有者不在の場合持ち帰られて不便を来すことのあることが認められるが、これらはいずれも管理人室の有無とは無関係の問題であつて、本件管理人室を利用しない方法による管理形態で十分にまかないうるものである。
確かに受付室には前記認定の非常電話器等の各装置が設けられてはいるが、前出甲第九号証によれば、これらの装置は受付室の壁面のごく一部分を占めているにすぎないのみならず、証人柴立男の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件建物内の共用部分等他の場所に容易に移設しうるものであることが認められる。したがつて、前記のような各装置があるからといつて、本件管理人室全体が区分所有者全員にとつて不可欠のものになるわけでもない。
また、同室が独立して住居としての用途に供しうるものであることは、前記認定事実から明らかであつて、当初管理人室として作られたもので共用とされるに適当ではあつても、共用以外の用途に供されることが通常期待されえないものではなく、これを共用部分として利用するには、法第三条第二項で定めるところにより共用部分とするほかはない。
以上の理由により、本件管理人室は、構造上の共用部分には該当しない。
三 本件車庫について
前出甲第九号証及び乙第一号証、成立に争いのない甲第三号証及び乙第二号証、証人柴立男の証言並びに弁論の全趣旨によれば(一部当事者間に争いのない事実を含む。)、本件車庫は、本件建物一階の南側及び西側部分を占め、周囲を鉄筋コンクリート壁、コンクリート・ブロツク壁、鉄製シヤツター及び扉に囲まれた床面積二一〇・五〇平方メートルの建物で、内部には一二台の自動車が駐車可能であり、南側と東側ではシヤツターを開閉して公道に出ることができ、西側部分では北方向にもシヤツターを開閉して本件建物の敷地部分を経て公道に出ることができ、さらに、扉を経由して玄関ホールに出入りできる構造になつていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
したがつて、本件車庫は、一棟の建物の中で構造上区分された部分であることは明らかである。
そこで、これが構造上の共用部分にあたるか否かを検討するに、まず、近時自動車の保有がかなり一般化しているとはいえ、車庫が区分所有者にとつて有用なものとはいえても、不可欠なものとはいえない。
もつとも、前出甲第九号証及び乙第一号証、証人柴立男の証言並びに弁論の全趣旨によれば(一部当事者間に争いのない事実を含む。)、本件車庫の壁面に三ケ所給排水パイプ及びガス・パイプが床から天井まで通つていて、その下部がいずれも幅約一メートル、高さ約一メートルの鉄板で覆われている部分があること、電気室の裏にあたる壁面には、幅約一メートル、高さ約二メートルの配電盤が取り付けられていること、南東隅の壁面には消火栓送水用のパイプと逆流止めの弁の部分が縦横にそれぞれ一メートル程度露出していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかしながら、前出乙第一号証、証人柴立男の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
給排水パイプ及びガス・パイプは、二階から七階までの部分を通つている同じパイプの最下端にあたり、二階から七階までの間は壁で覆われているが、本件車庫においては美観の問題がないため、露出したままとなつており、ただ、自動車による接触を防ぐため下部を鉄板で覆うに止めたものであり、これを壁で覆うことも可能であるし、二階から七階までの部分に比して格別の重要性があるわけではない。
配電盤は、当初は電気室入口隣の玄関ホール壁面に設置する案もあつたが、美観のために電気室裏の本件車庫内壁面に置かれたものであり、東京電力が管理していて、各居住者が手をふれる余地はなく、配線を変えることにより玄関ホール壁面等別の場所に容易に移設可能のものである。
消火栓用送水パイプは、本件建物外部の公道側壁面に取入口のあるパイプが本件車庫内を通つて床下に入るまでの間露出しているにすぎないものであり、また、逆流止めの弁は、一度設置すると、殆ど修理する必要もなく、いずれも本件車庫の床下に埋め込むことも可能である。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右のような各装置の重要性の程度、機能等に前記認定の右各装置が本件車庫内に占めている位置及び面積を考えれば、これらの装置があるからといつて、本件車庫が全体として前記二で説示したような構造上の共用部分の性質を備えるものとはいえない。
なお、原告亀岡寛治本人尋問の結果中には、同原告は、駐車場付、管理人室付マンシヨンとして専有部分を買つたとの供述部分があるが、本件はこれらの部分が構造上の共用部分にあたるか否かの問題であつて、右供述部分は前記各判断を妨げうるものではないのみならず、成立に争いのない甲第四号証(宣伝用パンフレツト)には本件建物の「共用部分の設備」欄に「駐車スペース」と記載されているが、成立に争いのない乙第四号証(不動産売買契約書)には売買対象物件として玄関、エレベーター室、階段室、電気室等の共用部分が明示されているにも拘らず、本件管理人室及び本件車庫は挙げられていないので、結局右供述部分には的確な根拠があるものとは解しがたい。
四 以上説示したところにより、本件管理人室及び本件車庫が原告らの共有に属することを原因とする原告らの各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 櫻井文夫)
物件目録
(一) 渋谷区上原二丁目壱壱八六番地参
一、鉄筋コンクリート造陸屋根七階建
床面積 壱階 四〇五・八〇平方メートル
弐階 四壱〇・参五平方メートル
参階 四壱〇・参五平方メートル
四階 四壱〇・参五平方メートル
五階 四壱〇・参五平方メートル
六階 四壱〇・参五平方メートル
七階 四壱弐・六七平方メートル
(二) 渋谷区上原二丁目壱壱八六番地参
家屋番号 上原弐丁目壱壱八六番参の壱弐
建物の番号 壱〇壱
一、鉄筋コンクリート造壱階建居宅
床面積 壱階部分、四壱・七五平方メートル
(三) 渋谷区上原二丁目壱壱八六番地参
家屋番号 上原弐丁目壱壱八六番参の壱五
建物の番号 壱〇四
一、鉄筋コンクリート造壱階建車庫
床面積 壱階部分 弐壱〇・五〇平方メートル
(現況 弐七五・参六平方メートル)